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浜田市国民健康保険波佐(はざ)診療所

2018年 9月 19日

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浜田市国民健康保険波佐診療所の外観

 

住所  

〒697-0211

島根県浜田市金城町波佐イ441番地1

電話番号  

0855-44-0001   

FAX番号  

0855-44-0531  

診療科目  

内科・小児科

施設紹介  

波佐診療所は西中国山地に位置し、南に標高1,069メートルの大佐山を仰ぎ ます。金城町波佐地区と小国地区を診療圏とし、外来診療、訪問診療、往診が診療所の主 な業務です。健康相談事業や糖尿病教室をはじめとする保健活動にも力を入れています。

診療時間

 

午前

9時~12時

9時~12時

9時~12時

9時~12時

9時~12時

9時~12時

休診

午後

2時~5時

2時~5時

2時~5時

2時~5時

休診

休診

休診

国民の祝日および12月29日から翌年の1月3日は休診です。

浜田市国民健康保険波佐診療所の基本理念

1.地域住民から信頼される診療所を目指します

 2.地域の需要を把握し、生活と密着した医療を提供します

 3.行政と一体となった保健、福祉にわたる活動を行います

 4.中核病院である浜田医療センターとの連携を十分に図り、医療の機能分担を促進させます

 5.地域医療に携わる医療者の育成に努めます

 6.長期間安定して医療を提供できるように、診療所スタッフにとって無理のない診療体制を構築します

波佐(はざ)診療所の歴史

【金城村-金城町-新「浜田市」】

 金城(かなぎ)町は1956年(昭和31年)8月1日に今福(いまふく)村、雲城(くもぎ)村、波佐村が合併して「金城村」として発足した。1969年(昭和44年)11月3日の町制施行を経て「金城町」となった。2005年(平成17年)10月1日、金城町を含めた1市3町1村が合併し、新「浜田市」が誕生した。

【金城村・金城町国民健康保険診療所-浜田市国民健康保険波佐診療所】

 波佐地区は戦時中から医師が定着せず、あちらこちらから招致して開業を依頼したが、長続きせず、住民は医療機関の設置と定着を要望しながら、実現できなかった。

 1958年(昭和33年)ごろから島根県国民健康保険団体連合会へ医師の斡旋を依頼していたところ、同年12月、急速に話が進み、鳥取大学附属病院桑原外科から医師の派遣を得て、レントゲンその他の施設を整備し、金城村国民健康保険の直営診療所として診療を開始した。その後、医師派遣の紹介先は綾部外科、続いて石原内科へ移り、医局からの医師紹介により診療を継続した。(注;当時は大学教授の名から○○外科、××内科と呼ばれた。)その間、1965年(昭和40年)に国道186号線の改良工事のため、診療所は移転した。

 1966年(昭和41年)10月から1968年(昭和43年)8月までは石原内科の紹介で嘉戸辰良医師と契約して運営した。嘉戸医師退職後は常勤医師がなく、以後、国立浜田病院(現在の国立病院機構浜田医療センター)天野寿院長のへき地医療に対する深い理解のもとに、国立浜田病院の医師により、毎日午後の診療が行われた。

 1993年(平成5年)波佐公民館の新築に合わせ、診療所は2度目の移転を行った。ときわ会館(波佐公民館)の南側に診療所は併設され、現在に至っている。

 2003年(平成15年)4月、実に34年7か月ぶりに、齊藤稔哲(さいとうとしあき)医師が常勤医師として着任した。以後、診療所を利用する患者は着実に増加し、診療件数は齊藤医師着任前に、年間2100件前後であったのに対し、着任後には年間3600件前後と、約1.7倍に増加した。

  2005年(平成17年)10月、市町村合併に伴い、診療所の名称を「浜田市国民健康保険波佐診療所」と改めた。さらに、市町村合併時に国保診療所の医師を増員することが決定し、2006年(平成18年)より北條宣政(ほうじょうのぶまさ)医師が着任し、齊藤医師と2人体制での診療が始まった。

 2015年(平成27年)4月、北條医師が浜田医療センター総合診療科設立のために異動し、宮本医師が所長になった。

 2018年(平成30年)4月、宮本医師異動し、佐藤優子医師が所長になった。

このページに関するお問い合わせ先

  • 浜田市 健康福祉部 地域医療対策課
    電話:0855-25-9311   メールアドレス:iryou@city.hamada.lg.jp

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